スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

遷都1300年の奈良で唐菓子を求めて2 京都二条城入城2

101009京都二条城唐門-(1) 101009京都二条城唐門-(2)
緻密な木彫が施された桃山時代の様式の切妻造、桧皮葺の四脚門で唐破風造唐門をくぐって国宝二の丸御殿に入りました。

101009京都二条城二の丸御殿遠侍式台 101009京都二条城二の丸御殿遠侍 (1) 101009京都二条城二の丸御殿遠侍 (2) 101009京都二条城二の丸御殿大広間
二の丸御殿は将軍と謁見する大名の控え室・遠侍(とおさむらい)の間、参上した大名に老中職が接待した式台の間将軍が諸大名と対面した部屋で二の丸御殿の中で外様大名に権威を示した最も格式の高い部屋・大広間(この部屋で慶応3年(1867年)10月、15代将軍慶喜(よしのぶ)が諸大名を集め、大政奉還(たいせいほうかん)を発表した歴史的な場所)、将軍が親藩、譜代と内輪で対面した黒書院、将軍の居間と寝室の白書院が南東から北西へ斜めに連なっている複数の建屋をつなぎあわせた建物です。

同じ時代に建てられたということもあるのでしょうが、京都御所に似ている雰囲気で朝廷や都人に徳川家の権威を示すために建てられたのではないかと思わせます。
絵画はかなり退色していてあちこちで修復されていました。 引き続き息の長い修復作業が必要になるかと思いますが、宮内庁管理で朝廷の京都御所と違って徳川家のものだった関係か?修復が遅れているように感じます。

襖絵には狩野派の絵画が描かれていて桃山芸術を引き継いでいます。 どのように使われていたかを再現するために人形が置かれてテレビの時代劇・水戸黄門を思わせました。

101009京都二条城二の丸庭園 (1) 101009京都二条城二の丸庭園 (2)
こちらは国の特別名勝の指定書院造庭園二の丸庭園です。
徳川家康の時代に作庭され、3代将軍家光の上洛以降、荒廃してしまいましたが、明治以降当時の宮内省の時代に整備され今に至ったそうです。

101009京都二条城二の丸庭園 (3) 101009京都二条城二の丸庭園 (4)
この蘇鉄3代将軍徳川家光の時代に肥前鍋島藩(今の佐賀県)鍋島勝重公が、後水尾天皇行幸に先駆け、蘇鉄献上したものと伝えられています。 寒さに弱い蘇鉄の防寒養生は二条城冬の風物詩となっています。

テーマ : 京都・奈良
ジャンル : 旅行

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

笹団子@東京

Author:笹団子@東京
名前:笹団子
年齢:不詳
誕生日:不明
性別:男
職業:不詳
一言:東京在住の笹団子の食べ歩き+温泉+猫ネタetcのブログ

2009年11月以前の話題については旧ブログ、笹団子のひとりごと http://green.ap.teacup.com/gogodango/ をご覧になって下さい。

FC2カウンター
twitter
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
カテゴリ
リンク
検索フォーム
QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。