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遷都1300年の奈良で唐菓子を求めて7 奈良公園散歩2

鹿をよけて境内に数々の国宝、重要文化財を持ち世界遺産の東大寺へ向かいました。

101010奈良東大寺南大門参道 101010奈良東大寺南大門
鎌倉時代東大寺を復興した重源上人(ちょうげんしょうにん)が再建した国宝の南大門から大仏殿へ向かいました。

101010奈良東大寺大仏殿前鏡池
大仏殿前の回廊中門の手前に鏡池があります。
お金を払って焼麩菓子のようなものを池に投入するとピラニアが現れます。(笑) YouTubeに投稿したのでご覧になって下さい。(笑)
「Piranha live in Tōdai-ji temple Nara Japan 東大寺に生息するピラニア」

101010奈良東大寺大仏殿-(3) 101010奈良東大寺大仏殿音舞台ポスター (1) 101010奈良東大寺大仏殿音舞台ポスター (2)
中門から回廊の内側に入ると前日のコンサートの片付けの最中でした。

101010奈良東大寺大仏殿音舞台ポスター (3)
サラ・ブライトマンも出場していた模様です。

101010奈良東大寺大仏殿-(4) 101010奈良東大寺大仏殿軒下 101010奈良東大寺大仏殿軒下2 101010奈良東大寺大仏殿鬼瓦
江戸時代に再建された大仏殿は装飾が簡素で退色していたこととあわせて趣のあるように感じました。

101010奈良東大寺大仏殿大仏1 101010奈良東大寺大仏殿大仏3 101010奈良東大寺大仏殿大仏光背 101010奈良東大寺大仏殿大仏
大仏殿の中に入り大仏を参拝しました。 相変わらず大きいです。

101010奈良東大寺大仏殿-(14)
柱の穴に子供が楽に通り抜けられるくらい太い柱を使っています。

大仏完成式典大仏開眼会(かいげんえ)が挙行されたのは天平勝宝4年(752年)大仏殿の竣工は天平宝字2年(758年)でした。 その後、治承4年(1180年)の平重衡の兵火で台座や下半身の一部を残して焼け落ち文治元年(1185年)に鎌倉復興大仏の開眼供養が行われました。 その後、永禄10年(1567年)の松永・三好の合戦によって再び炎上し、大仏は頭部が脱落し仮修理の状態のまま、露座で数十年が経過しました。 江戸時代になって公慶上人の尽力により大仏、大仏殿とも復興しました。現存する大仏の頭部は元禄3年(1690年)に鋳造されたもので、元禄5年(1692年)に開眼供養が行われています。大仏殿は宝永6年(1709年)に落慶したものです。

二度の兵火で焼かれましたが東京国立博物館で行われた「光明皇后1250年御遠忌記念特別展「東大寺大仏―天平の至宝―」」によると二度の兵火で大仏像が全壊したわけでなく、台座と膝の部分は天平の創建当時のものが、体は鎌倉復興大仏が、頭部は江戸時代のものが使われているとのことです。

天平15年(743)、聖武天皇仏教の教えによって、国民ひとりひとりが思いやりの心でつながることによって国を鎮め、平和を導きだそうと大仏造立を行いましたが、後世の人々によって引き継がれたということでしょう。 それは現代にも引き継がれて、日々維持管理がされています。

テーマ : 京都・奈良
ジャンル : 旅行

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笹団子@東京

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一言:東京在住の笹団子の食べ歩き+温泉+猫ネタetcのブログ

2009年11月以前の話題については旧ブログ、笹団子のひとりごと http://green.ap.teacup.com/gogodango/ をご覧になって下さい。

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