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会津若松散策2・鶴ヶ城見学2 東日本大震災からの復興祈願68

鶴ヶ城ではほとんどのお客が降りました。 会津若松随一の観光地です。

111029鶴ヶ城大腰掛-(2) 111029鶴ヶ城大腰掛-(1)
大手門にあたる大腰掛から北出丸本丸に入りました。 防御のために見通しが悪く作られています。

111029鶴ヶ城天守閣-(1)
戊辰戦争で破壊され、残った部分もほとんど明治維新後の旧陸軍の方針で基地を建設するために解体されました。 復元されたのは昭和40年になってからで遺構の石垣に負担をかけないように石垣の内側に基礎を建ててその上に鉄筋コンクリート5階建てのお城を建てました。

111029鶴ヶ城天守閣内部
中にはこのような階段があります。

内部はどの土地のお城同様、郷土資料館になっています。
復元当時は黒瓦だったのが昨年から瓦を記録通りの鉄分を含んだ釉薬を塗った赤瓦に、あわせて内部のリニューアルを行いました。 赤瓦の天守閣は鶴ヶ城だけだそうです。

 地下は塩蔵、一層には戦後にGHQによって接収されその後返還された日本刀が特別に展示されていました。 GHQは接収した刀剣を海中に廃棄したそうです。 GHQ民生局にはリベラル派が日本の伝統にそぐわない自分たちの理想を日本に押し付けました。 その一環なのでしょうが、もったいない話です。

二層には漆器焼き物桐の加工品絵蝋燭など会津の伝統産業についての展示でした。
基本的に博物館・資料館では内部の撮影ができませんが、ここ二層では撮影ができたので撮影しました。
111029鶴ヶ城二層民芸品 111029鶴ヶ城二層あかべこ
会津の民芸品といえば牛のおもちゃ・あかべこです。

111029鶴ヶ城二層火縄銃 111029鶴ヶ城二層日本刀
重さだけ実物とかわらない火縄銃日本刀の模造品が展示してあって、当時の侍がどんな武器を使っていたのかがうかがえますね。

111029鶴ヶ城二層会津塗り漆器 111029鶴ヶ城二層会津本郷焼き 111029鶴ヶ城二層会津桐製品
111029鶴ヶ城二層会津鍛冶 111029鶴ヶ城二層会津金属製品
他に会津塗漆器、本郷焼、桐製品、鍛冶についての展示がありました。

三層には戊辰戦争についての展示でした。
越後長岡藩同様、会津藩領内の戦乱を避けるために交渉をしましたが、新政府軍(福島県では「西軍」と呼んでいるそうです。)から一方的に逆賊扱いされて決戦せざるをえなかったとのことです。
幕末に行動を供にした伊勢桑名藩は藩主・松平 定敬(まつだいら さだあき)慶応4年1月3日~6日(1868年1月27日~30日))の鳥羽伏見の合戦幕府側が敗走した際に先代当主の遺児・万之助(松平 定教(まつだいら さだのり))を藩主として擁立し新政府軍に恭順する事を家老達が決めて1月28日に無血開城したため桑名での戦乱は避けられました。 江戸は勝海舟の交渉で4月21日に無血開城できたので上野戦争があったものの、戊辰戦争の舞台は越後・奥州へ変わりました。
 会津若松のご城下には8月22日に戦端が開かれ9月22日に降伏するまで戦闘が続き藩士だけでなく町人、農民が犠牲になり藩士の子女の自決が相次いだそうです。 その後、会津藩士は青森県の下北半島に移住して苦渋の生活を強いられたとしてつい最近まで新政府の主力だった長州、薩摩を敵視していたそうです。

111029鶴ヶ城天守閣五層から見た若松市街 111029鶴ヶ城天守閣五層から見た磐梯山 111029鶴ヶ城天守閣南
市街地の展望ができる五層に行った時には既に霧が晴れて暖かい日差しが差し込み、会津盆地が展望できました。(右は磐梯山です。)

111029鶴ヶ城天守閣-(3) 111029鶴ヶ城天守閣-(4)
天守閣見学を終えると鶴ヶ城天守閣は青空の下で雄姿を現していました。

テーマ : 東日本大震災
ジャンル : ニュース

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No title

 おはようございます
>最近まで新政府の主力だった長州、薩摩を敵視していた・・・
 :そうですね~ 俳優の西田敏行(福島出身)が大河ドラマで西郷隆盛役を引き受けるときに、悩んだともれ聞いています。

 会津藩が京都所司代として、薩摩・長州などと激しい抗争をやったのが、尾を引いているのだと、私は思っているのですが。それにしても100年以上も、その悔しい思いが残っているのですから、当時の戦いはすさまじいものがあったのだと考えます。

 

会津の気質

戊辰戦争の被害については新潟、長岡も同様なのかもしれませんがこれほど尾を引いていません。

ただ、新潟、長岡については会津の前哨戦の意味もあって本戦は会津だったので精神的なダメージは大きかったのかもしれません。
最後まで幕府に仕えたのは会津の気質なのでしょう。
プロフィール

笹団子@東京

Author:笹団子@東京
名前:笹団子
年齢:不詳
誕生日:不明
性別:男
職業:不詳
一言:東京在住の笹団子の食べ歩き+温泉+猫ネタetcのブログ

2009年11月以前の話題については旧ブログ、笹団子のひとりごと http://green.ap.teacup.com/gogodango/ をご覧になって下さい。

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